帝王切開で息子が生まれ、手術を終えて病室に戻ったところまでを書いた前回。
→出産レポ⑤はじめまして。「君がお腹の中にいたのかぁ」。手術は続く。
息子は無事に生まれてきてくれました。
そして、ここから「母親としての毎日」が始まります。
……とはいえ。
このときの私は、自分で起き上がることすらできませんでした。
帝王切開当日の夜から、翌日初めて赤ちゃんのお世話をするまで。
今回は、産後の入院生活について書いていきます。
息子は目の前にいる。でも、身体が動かない
17時30分ごろ。
手術を終えて病室に戻ると、夫と息子が待っていました。
夫が「ありがとう」と言ってくれたことは、前回の出産レポにも書きました。
私はというと、ベッドの上。
麻酔が効いていて、身体が動きません。
息子はすぐそこにいるのに、身体を起こして触ることもできませんでした。
助産師さんに検温をしてもらったり、痛み止めの点滴をしてもらったり。
悪露のお世話も、もちろん自分ではできません。
保冷剤を身体に当てられて、冷たさを感じるかの確認もされました。
息子は生まれた。
でも私はまだ、自分で起き上がることすらできませんでした。
夫と息子が退室。ようやく「お水解禁」
19時30分ごろ。
夫が帰宅することになり、息子も預かってもらいました。
私はそのまま病室に残ります。
そして、このころ気になっていたのが、
水、まだ飲めないのかな。
ものすごく喉が渇いていたわけではないのですが、口の中がぱさぱさ。
助産師さんが様子を見に来るたびに、
「お水、もう飲んでいいですか?」
まだ。
しばらくして、また助産師さんが来る。
「お水、まだですか?」
たぶん、結構しつこかったと思います。笑
21時30分ごろ。
ようやく、
お水解禁。
水が飲める。
それだけなのに、うれしかったです。
手術から約5時間。もう立つの?
そして、同じころ。
立つ練習をすることになりました。
帝王切開したの、数時間前なんですけど。
もう立つんですか。
ベッドから身体を起こし、助産師さんに支えてもらいながら立ち上がります。
右足は、まだ動かしにくい。
その場で足踏みをしてみました。
すると、
ビリッ。
右足の付け根あたりに、鋭い痛みが走りました。
「痛っ!」
思わず、そのままベッドに倒れ込みました。
助産師さんも、
「なんだろう……?」
と、少し訝しげな顔。
え。
助産師さんも分からないの?
稀なケース?
重篤な後遺症とかだったらどうしよう。
急に不安になりました。
ただでさえ、右足はまだうまく動きません。
原因が分からないまま、この日の立つ練習は終了しました。
歩けない人にとって「手が届かない」は「ない」と同義
日付が変わって、出産翌日。
夜中は寝たり起きたり。
変に覚醒してしまって、まとまった睡眠はとれませんでした。
そして、まだ足が思うように動きません。
無痛分娩で使っていた麻酔の影響が残っているうちは歩けず、背中に入っていた管も抜けないとのこと。
私の場合、特に右足の感覚がなかなか戻りませんでした。
そして、この間に地味に困ったのが荷物です。
大部屋なので、ベッドの周りはそれほど広くありません。
でも、
歩けない。起き上がれない。
となると、手の届く範囲にあるものだけですべてやりくりしなければなりません。
手元にあるペットボトルは1本。
充電器は、手の届かないところ。
持ってきてはいる。
でも取れない。
つまり、ない。
歩けない人にとって、「手が届かない」は「ない」とほぼ同じでした。
明け方まで、動ける範囲で荷物を整理したり、できる範囲で足を動かしてみたり。
早く動けるようになりたい。
そればかり考えていました。
翌朝、右足だけ感覚が戻らない
朝6時から8時半ごろまでは眠りました。
起きて、おかゆを食べて、薬を飲んで。
9時30分ごろ。
左足は、かなり動くようになっていました。
でも、
右太ももの感覚が戻らない。
11時30分ごろになると、完全ではないものの、右足の感覚も戻ってきました。
もう一度、立とうとしてみます。
すると、
また右足の付け根が痛い。
昨日の夜と同じところです。
刺すような痛みがあり、このときは立つのを断念。
午後にもう一度、挑戦することになりました。
あの「ビリッ」の正体
あとになって分かったのですが。
どうやら、帝王切開の傷をふさいでいたテープが、陰毛にかかっていたみたいです。
身体を動かす。
テープが引っ張られる。
一緒に毛も引っ張られる。
それで痛かったらしい。
前日の夜は、
「稀なケースだったらどうしよう。」
「重篤な後遺症とかだったらどうしよう。」
と本気で心配していたのに。
原因、陰毛。
よかった。
いや、痛いけど。
陰毛なら死なない。
傷が開いて血が出るようなものでもなさそう。
そう思ったら、我慢できました。
帝王切開翌日、ようやく一人で立てた
13時ごろ。
もう一度、一人で立つ練習をしました。
右足の付け根は、まだ痛い。
でも、原因が分からなかった昨日とは違います。
痛いけど、我慢。
そして13時30分ごろ。
立てるところを見てもらったのは、出産レポにも登場した助産師さん。
話し方や雰囲気がなんとなくお母さんっぽくて、私の中で勝手に**「オカン」**と呼んでいます。
産後の入院中も、かなりお世話になりました。
オカンに立てるところを見てもらい、導尿を抜いてもらいました。
やっと、管がひとつ減った。
……と思ったら。
それまで立つときの支えにしていた点滴の棒まで撤去されました。
待って。
それ、支えにしてたんですけど。
「ないほうが回復早いから」
とのこと。
無慈悲。
ちなみに、シャワーはまだ入れません。
シャワーに入れるのは明後日。
早く入りたい……。
約一日ぶりに息子と再会
14時ごろ。
夫が来ました。
息子も連れてきてもらい、前日の夜以来の再会です。
やっぱり、かわいいなぁ。
とは思いました。
でも、このときはまだ自分のことでいっぱいいっぱい。
「やっと会えた!」と感動に浸るような感じではなく、あっという間に時間が過ぎていきました。
というか。
数時間前まで、右足の感覚が戻っていなかった私。
導尿が抜けたのも、ついさっき。
この状態でお世話するの、無理じゃない?
というのが正直なところでした。
立てたその日に、初めての赤ちゃんのお世話
息子が来たので、いよいよ赤ちゃんのお世話が始まる。
……と思ったら、
「ミルクとかオムツのやり方を説明するまで待っててね。」
とのこと。
泣いたら呼んで、と言われて待ちます。
そして、また待つ。
1〜2時間くらい待ちました。
出産前から、よく待つ病院です。笑
16時ごろ。
ようやく、オムツ交換、ミルク、授乳のやり方を教えてもらいました。
初めてのオムツ交換。
ちょうど練習している最中に、
もりもりもり。
息子、うんち開始。
生まれたばかりの赤ちゃんのうんちは「胎便」といって、黒っぽい色をしています。
初めて見る胎便。
「こんな色なんだ。」
と思って見ていたら。
夫が着ていたカーディガンと、だいたい同じ色でした。
胎便色のカーディガン。
そんなことを思いながら、初めてのオムツ交換をしました。
17時30分ごろ。
息子がミルクを欲しそうにしていました。
せっかくなので、夫にあげてもらおう。
夫にとっても、初めてのミルク。
……と思ったところで、助産師さんが来ました。
「ママにやらせて。」
私がやることになりました。
さらに授乳も、
「吸わせるの浅い。」
とのご指導。
そのあと、まだシャワーに入れない私の身体を、温かいおしぼりで拭いてもらいました。
そのタイミングで夫は帰宅。
帝王切開の翌日。
ようやく立てるようになったその日に、初めてのオムツ、授乳、ミルクまで一気に経験しました。
「今日はゆっくり休んで」……のはずが
18時ごろ。
夕食の時間になり、息子を預かってもらいました。
声をかけてくれたのは、オカン。
「今日はゆっくり休んで、明日から母子同室がいいと思う。」
正直、ほっとしました。
帝王切開から、まだ一日。
ようやく一人で立てるようになったばかりです。
お腹も痛い。
シャワーにも入れない。
オムツ交換も、授乳も、ミルクも、今日初めて教えてもらったばかり。
今日は休める。
明日から頑張ろう。
そう思っていました。
ところが、21時。
「泣いてるので、母乳あげますか?」
息子が部屋に戻ってきました。
……あれ?
今日、休むんじゃなかったっけ。
こうして、息子との初めての夜が始まりました。


